Integrative Transcription Start Site Analysis and Physiological Phenotyping Reveal Torpor-specific Expressions in Mouse Skeletal Muscle
Genshiro A Sunagawa, Ruslan Deviatiiarov, Kiyomi Ishikawa, Guzel Gazizova, Oleg Gusev, Masayo Takahashi
doi: https://doi.org/10.1101/374975

休眠マウスの筋肉で特異的に発現しているRNAのプロモーターを287個同定し、その中で断休眠(torpor deprivation)によってさらに発現が上昇する転写因子Atf3をみつけた、というpreprintをbioXivにあげました。今後、科学系の雑誌にて専門家の査読を経て採択されるかどうかが決定されます。

イントロ

マウスは基礎代謝を正常時の30%程度まで低下させる「休眠」という状態に入ることで、飢餓などの危機的状況を乗り越えることが知られています。私たちは、このような能動的低代謝を人間に応用するために、その原理を明らかにしようとしています。能動的低代謝は全身の基礎代謝が低下する、すなわち酸素消費量が低下する現象ですが、これを実現するためには末梢組織の代謝低下は不可欠です。そこで、末梢組織の低代謝メカニズムを理解するために、様々な代謝状態にあるマウスの筋肉のRNA発現を網羅的に定量することで、休眠中の筋肉でどのような転写が特異的に行われているか調べました。

B6JとB6Nは休眠表現型が異なる

2016年にC57BL/6J(以下B6J)というマウスで再現性の高い休眠誘導法を開発しました(Sunagawa & Takahashi, 2016)。この手法を用いて、B6Jとゲノムが近いC57BL6N/Jcl(以下B6N)というマウスの休眠表現型を解析したところ、B6Nは休眠に入りにくく、休眠に入っても「浅い」ことがわかりました。これらを交配させて作成したマウスはB6Jの表現型が遺伝していることがわかり、休眠の表現型がゲノムの影響をうけていることが示唆されました。

287個の休眠特異的プロモーター

マウスの筋肉が休眠時にどのような遺伝子発現を呈しているか、CAGE-seqという転写開始地点を網羅的に調べる手法を用いて調べました。この手法はプロモーターごとに転写量を定量することができます。休眠の可逆性と必要環境の2つ特徴に注目し、様々な代謝状態においたマウスの筋肉の遺伝子発現を解析したところ、休眠中に特異的に上昇するmRNAを226個、休眠中に特異的に低下するmRNAを61個みつけ、合計で287の休眠特異的なプロモーターを同定しました。

断休眠によりAtf3の発現が上昇している

休眠しかけているマウスは体を軽く触ることで休眠に入ることを防ぐことができます(断休眠; torpor deprivation)。つまり、マウスは休眠に入りたいが、入れない状態をつくることができます。断休眠を行ったマウスの筋肉でどのようなmRNAが変化しているか調べたところ、休眠特異的プロモーターにも含まれていたAtf3という転写因子の発現が増えていることかわかりました。さらに、この転写因子のモチーフは休眠特異的プロモーターにエンリッチされていることもわかりました。

おわりに

今回の研究で能動的低代謝の研究にマウスを用いることの有用性が示されたと思います。マウスの強みは遺伝子工学やゲノム情報の豊富さです。今回のCAGE解析やモチーフ解析などもこれまで蓄積されてきたマウスのゲノム情報・技術があるからこそ得られた結果です。さらに、マウスは個体の実験系のみならず、細胞を用いた実験系も充実しています。そのため、私のグループでは、今後、能動的低代謝の実験を培養細胞を中心としたin vitroの系(生体ではなく試験管内の実験系)に発展させていきたいと考えています。

謝辞

本研究は理化学研究所の基礎科学特別研究員制度および文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(温度生物学)[18H04706]のサポートを受けています。